特集記事

硬式野球部
2015.05.28

「不死鳥・大隣」大隣憲司投手(平成18年度卒)

topics_photo11
DSC01483
「めっちゃ懐かしい、俺これ覚えてるわ!」

そう言って大隣憲司投手(平成18年度卒)が笑顔で手にしたのは、9年前、硬式野球部が全日本準優勝の成績を残し、その際に発行したキンスポ増刊号だ。当時、大隣投手は「近大の江夏」と称され、全日本の大舞台で自責点ゼロという大記録を打ち立てた。その他にも、翌年の秋季リーグ戦では立命館大相手にノーヒットノーランを達成するなどエースとしてチームを牽引した。



侍ジャパン選出、そして難病の発症

そして2006年、周囲の期待を一身に背負い、希望枠でソフトバンクに入団。プロ入り2年目で11勝を挙げると、2012年には自己最多となる12勝をマーク。初めて侍ジャパンに選出された。
そんな絶頂期の2013年5月、体に異変が起こった。足が痺れて動かない。腰痛が原因と思っていたが違った。黄色じん帯骨化症。国指定の難病で、脊髄の後ろにある椎弓と呼ばれる部分を上下に繋ぐ黄色じん帯が骨化することで発症する疾患だ。原因は不明。プロ野球選手も過去に発症している例はあるが、完全復活を果たした選手はいない。
突然、自身を襲った難病。治る保証もない。しかし、常に前を向いていた。「プロ野球の中でやり遂げていることはないし、病気に負けたくなかった」。復帰を目指し、6月に男性の親指大の黄色じん帯を切除する手術を受けた。つらいリハビリも決して諦めず、真摯に向き合った。「常に一歩ずつ、一段ずつしか進めないけど、また舞台に上がることで恩返しになるって考えていました」。〝不死鳥・大隣〟の復活の幕が今、開いたのだ。



支えてくれている人のためにも

そして2014年の7月13日、408日ぶりに一軍のマウンドに帰ってくると、続く7月27日のオリックス戦では、7回を3安打1失点の好投。422日ぶりの白星を挙げた。スタンドから沸き起こる拍手。涙は見せず、笑顔で応えた。「支えてくれている人のためにも戻らないと」。感謝の気持ちを胸に掴み取った1勝だった。

test_150605_04


数段飛ばしの人生は無いと思う。

それ以降は、大一番であるオリックスとの優勝決定戦で好投。チームを優勝に導いた。更にはクライマックスシリーズ最終戦、日本シリーズと大事な場面で先発を任され、全ての期待に応えた。日本一になり、たくさんの仲間に胴上げされた。だが、彼にとって今はまだ、本当の「復活」ではない。
1年でも、1日でも長く野球人生を過ごすために、安定した成績を出していきたい」。今はスタート地点に立ったばかり。先発としての仕事を1年間続けることができたときが本当の「復活」だ。
大隣投手は近大生に向けて、こうエールを送った。

数段飛ばしの人生はないと思う。今は何もなくても一段ずつ進んでいけば、ゴールは絶対見えてくる」。
ひたすら前を見つめ続け、日本球界で初めて難病に打ち勝った。不死鳥の如く、プロ野球の大舞台に帰ってきた大隣投手のピッチングを是非一度、見てほしい。気迫溢れるその姿を見れば、きっと誰もが心を奪われる。